弟子コlス第8期
横田かおり
“弟子訓練”ということばも知らなかった私は、日曜に礼拝に出席することが、クリスチャンの使命であるかのように過ごしてきました。
私が弟子訓練を受けてから、3年が経ちました。弟子訓練の使命をもった情熱ある先生に、毎週御指導いただける恵みを心より感謝しています。 私は、主人の転勤により来仙し、ラブリ教会へ転会しました。そして、この教会が生きて動いていることに衝撃を受け、先生が強調される弟子訓練に興味を持ちました。 婦人の弟子コース8期が始まる時期、3人目の子供を妊娠していましたが、出産まで受けてみようと、軽い気持ちで参加しました。私は、イエスさまを信じてから30年が経ちますが、コースの1回1回は、神さまってこういう方か、聖書ってこのようなことを教えていたのか…。と初めて知ることが多くることが多く、驚きと感動の連続でした。弟子訓練では、ただ教理を教わるのではなく、実践と体験が織り込まれていきます。メンバーの一人一人が神を知り、神を愛し、神に従っていくという過程の中で、自分の内面のみならず、周囲の状況、人間関係、あらゆることを通して、神さまから直接的で計画的な、実地訓練がなされていったのです。 訓練が進む中で、取り繕っていた自分がどんどんくずれ、自分が何もできないと、自分を捨てざるをえなくなりました。神に自分自身を全面的に明け渡すことにより、私たちは変えられていきました。自分が変わっていくことに神の力を見ると同時に、メンバーの成長を通しても、神の力を体験で恵みを分かち合うことにより、相乗効果で多種多様な主のわざをともに体験してきました。 弟子訓練ということばも知らなかった私は、日曜に礼拝に出席することが、クリスチャンの使命であるかのように過ごしてきました。しかし、物事は何でも日々の実践の練習なしでは何も会得することはできません。今では、どうしてそのことに気づかずに、信仰生活を送っていたのだろうと思います。私は、弟子訓練を通して救われてさえいなかったことに気づきました。 私の娘は、ピアノを習っています。毎日30分、練習をしています。また、クラシックのCDを聴かせ、美しい音色に触れさせています。娘は毎日練習をするので、ピアノの腕はみるみる上達しています。もし、これが週に1度、先生が来てレッスンを受けるときだけピアノを弾いていたら、娘のピアノは上達するでしょうか。ピアノだけではなく、スポーツでも何をとっても、訓練がないと何も自分のものにならないでしょう。 霊的成長も同じことだと思います。ラブリ教会に来る前の私は、成長したいという思いさえありませんでした。「地獄がこわいから・・・。」ただそれだけの理由で、礼拝に習慣的義務的に出席していました。その礼拝も気まぐれで、よく休んでいました。 私は、弟子訓練を通して、救われてさえいなかったことに気づきました。訓練を受ける前に、もし、私が死ぬか再臨があったら、私は天国に入れなかったと思います。私が死後、「主よ。」と言っても、イエスさまに「わたしはあなたを知らない」。と言われたかもしれません。私は、自分を神さまより高い所に位置づけていました。そして、自分に心地良いみことばだけを自分の利益と、安心のためだけに利用していました。聖書のすべてを信じていませんでした。私にとってキリスト教は、自分の利益のための御利益宗教か、趣味のようなものでした。今現在の私がどうかというと、まったく別人です。まさに、古い自分は死んで新しい私がいます。 しかし、今はどうでしょうか。ここにいたる過程の証しもたくさんありますが、今現在の私がどうかというと、まったく別人です。まさに、古い自分は死んで新しい私がいます。私がいつも思うのは、私はどんなに神を愛しているだろうということです。
私は一日に何度も十字架の感謝と、神への愛を告白します。そして、神が私と共におられるので、神さまはどう感じておられるのだろう、神さまはどうしたいのだろう、といつも考えます。神さまが、私を母の胎に形づくるとき、キリストのからだである教会を建てあげるために、私をどのように用いるか、人々にキリストを表わすためにどう使うか、私だけのために計画をもって私をこの世に送り出してくださいました。私はその神の具体的な私オンリーの、使命を忠実に果たしていきたいと思っています。
そして、私は死ぬときにパウロのように「私は自分の走るべき道のりを走り尽くしました。今からは、義の栄冠が私に用意されているだけです。」と言いたいのです。そして、天国で神さまに「よくやった。良い忠実なしもべだ。」と言われたいのです。 訓練を受ける中で、主人も昨年救われ、我が家はクリスチャンホームになりました。 現在、私と同じマンションから友人が5名、教会の諸行事、サークルに参加しています。この中には、聖書を学ぶことによって、アルコール依存症から回復した人がいます。また、真理を求めている若い母親もいて、その人と聖書の入門コースをしています。神さまが私を、キリストの証人として使ってくださっていることに感謝します。訓練を受ける前の私は、人前でクリスチャンであることさえ言わないような者でした。 訓練を受ける中で、主人も昨年救われ、我が家はクリスチャンホームになりました。子どもたちも純粋で、しっかりとした信仰をもっています。 主人は先月、転勤で本社課長職という栄転の辞令が出ましたが、ラブリ教会に残るために退職することを決心しました。経済的なこと、ここから1000km以上は遠方にいる両親のことを思うと大きな試みでしたが、私たちは状況ではなく、ただ信仰によってのみ生きて行くことを決断しました。すべてを主に委ね、主だけを頼っていくために、他のものは何も持たないことにしました。 これからどう導かれるか、今進路のことを祈っています。私たち家族には、創造主であり支配者であり、愛の方である神がおられます。この方のみこころに沿うこととが、平安であり、喜びであり、最善の人生であることを私たちは確信して、新たな人生を踏み出そうとしています。 日本には、かつての私のような、せっかくイエスさまを信じ、みことばに触れているのに眠っているクリスチャンが少なくないのではないかと思います。 私は、弟子訓練が日本に浸透し、主の兵士があちこちにつくられていくこと、日本を縛っているサタンの鎖が、あちらこちらで切られ、日本にもリバイバルがくると信じています。
弟子コlス第5期
杉本安克
自分の力だけに頼っていたそれまでの生き方から、180度転換して、イエス・キリストを救い主と信じ、神様の力によって生きる生き方、神様を拠り頼む生き方に変えられ、94年12月のクリスマスにバプテスマを受けました
私は仙台ラブリ聖書教会の杉本安克です。2001年3月で67歳になります。 私は、1994年3月、仙台の新聞社を定年退職しました。長い間、新聞記者をしてきた私は、蓄えてきた自分の力と知識だけを信じ、それに頼って生きてきました。取材競争はみなさんが想像もつかないほど激しいものです。私は、社会部という主に事件を扱う部署にいたので、深夜、捜査会議が開かれている警察署の部屋の扉に忍者のように貼りついて、捜査の様子を一言でも聞き漏らすまいとしたり、毎日神経が休まる日がなく、目はまるで刑事のようでした。 このような競争社会の中で、頼りになるのは自分の感覚、自分の知識、自分の体力、すべて自分、自分。頼りになるのは自分だけと信じて疑いませんでした。 そんな私が、自分の力だけに頼っていたそれまでの生き方から、180度転換して、イエス・キリストを救い主と信じ、神様の力によって生きる生き方、神様を拠り頼む生き方に変えられ、94年12月のクリスマスにバプテスマを受けました。 ちょうどそのころ、ラブリ教会では、第4期の弟子訓練が進んでいました。私も弟子訓練を受けたい、という飢え渇きと、こんな年で、しかも信仰を与えられたばかりの私が受けられるだろうか、という不安が交錯していました。私はイエス様に祈りました。「私は60年間もあなたを無視してきた罪人です。こんな罪人をあなたは十字架にかかって赦して下さいました。その上、私を弟子にして下さるでしょうか。 私は、一般社会ではもう役に立たないから辞めなさいと言われて、定年退職した身です。年老いて、これから先、この世に何年生きられるか分からないような老人です。神様からいただいた才能、力を、最も勢いのある時期に、神様のために使わないで、一企業のために使い果たしてしまいました。残りかすのような私を、主よ。あなたは、弟子にしてくださるのですか。」 主は「あなたを弟子にする」と招いてくださったのです。私は躍り上がるようにして、第5期の弟子訓練に参加させていただきました。95年10月、訓練は始まりました。足を洗って、手ぬぐいで拭いた時です。この兄弟の目から涙があふれてきたのです。そのうちに、わたしの目からも涙が頬を伝って流れてきました。 「あぁ、これが聖霊様に満たされるということ」と実感しました。 確かに弟子訓練は、老人の私には、初めはつらいこともありました。しかし、つらさを何倍にも上回る恵みと喜びがありました。 訓練が始まって間も無くのこと、「兄弟姉妹に仕え、仕えた結果を具体的に記しなさい」という課題が与えられました。私は、聖書を開き、ヨハネ13章から、イエス様が、弟子たちの足を洗われる箇所が示されました。当時中学生だった兄弟に頼み、足を洗いました。バケツに水を汲み、イエス様がされたように、腰に手ぬぐいを下げ、祈った後、兄弟の足を洗い始めました。足を洗って、手ぬぐいで拭いた時です。この兄弟の目から涙があふれてきたのです。そのうちに、わたしの目からも涙が頬を伝って流れてきました。 「あぁ、これが聖霊様に満たされるということ」と実感しました。 「決して私の足をお洗いにならないでください」「もしわたしが洗わなければ、あなたはわたしとは何の関係もありません」「主よ。私の足だけでなく、手も頭も洗ってください」「水浴した者は、足以外は洗う必要がありません。全身きよいのです」。 イエス様がペテロと交わされたこの会話にひそむ師と弟子の心と思いが、2000年の時と場所を越えて、伝わってきました。 私が「足を洗う」という実践を通して、イエス様の語られたこと、行なわれたことをそのまま今の生活に適用させることがとても大事なことであること、「仕える」ということは「形」ではなく、心を知ることであること、だからこそ教会で仕え合うことが大切であることを教えられました。弟ははっきりと「信じます」と答えたのです。「ああ、弟は救われた」。私は、涙とともに賛美をし、イエス様に感謝の祈りをささげました。その一週間後、弟は家族に「天国に行く」と言いながら召されました。まさに奇跡でした。 弟子訓練によって、私の中に、まだイエス様を知らない人たちに福音を伝え、救いに導きたいという思いが強くなっていました。 訓練が進んでいた96年春、私の弟が、がんに冒されて余命がないということを知らされました。弟は東京に近い川口市に住んでいました。私は聖書を携えて、新幹線で仙台と川口の病院を何回も往復し、みことばを伝えました。しかし、弟は私に似て頑固で、みことばを請け付けません。私は妻と二人で毎日「イエス様どうか弟を救ってください」と祈りました。その夏、弟は水ものどを通らない状態になり、私は焦りました。藤本先生に相談したところ、先生の著書「救われたということ」と私の救いの証しを書いて送り、詠んでもらったらどうかと勧められました。 早速実行しましたが、なかなか読もうとしません。私と妻は「救ってください」と言う祈りから「本と証しを読むように働いてください」という具体的な祈りをしました。毎日必死に主に祈り求めました。 弟にあまり時間は残されていません。最後の機会のつもりで病床をたずねたところ、弟はもう読む力がないので、妻に読んでもらった、と言いました。私は弟がイエス様を受け入れたと直感し、仙台に飛んで帰って、そのことを先生に伝えました。先生は「私が行って導く」と言ってくださったのです。
藤本先生は、病床の弟に「イエス様を信じますか」と問われ、しばらくして、弟ははっきりと「信じます」と答えたのです。「ああ、弟は救われた」。私は、涙とともに賛美をし、イエス様に感謝の祈りをささげました。その一週間後、弟は家族に「天国に行く」と言いながら召されました。まさに奇跡でした。
アパルームの学びは、実に楽しく、またユニークでもあり、泣き、笑いのうちにメンバー一人一人が、聖書の真理を自分のものにしていきます。 1年間の弟子訓練が終り、96年10月には、引き続き小牧者の訓練が始まり、訓練途中の97年4月には、アッパールームのリーダーとして仕えることになりました。 アパルームは、詩篇103篇2節「主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな」のヘブル語から取って「ガムール」と呼ばれています。今のメンバーは、4組のクリスチャン夫婦を含む40代後半から70歳までの12人です。毎週水曜日の夜7時半から10時ころまで、各家庭持ち回りで集まって、賛美、祈り、ディボーションの分かち合い、聖書の学び、交わりをしています。出席率は80パーセント、みなアパルームに出席することを楽しみにし、喜んで出かけます。 学びは、藤本先生が作られるヨハネ福音書のテキストを中心に進めます。金曜日の夜開かれる小牧者会でまず小牧者が先生とともに学びます。しかし、アパルームの学びは、一方的に教えるのではなく、予習してきたことを出し合いながら、テキストの質問に答えていくやり方です。日本の学校で行なわれている「演繹的」な教え、ではなく、「帰納的」な学びと言われ、弟子訓練に効果的な学習方法だと言われています。 アパルームの学びは、実に楽しく、またユニークでもあり、泣き、笑いのうちにメンバー一人一人が、聖書の真理を自分のものにしていきます。また、ディボーションの分かち合いが、アパルームの目玉の一つになっています。各自、朝早く主と交わり、祈り、聖書箇所を読んで、みこころを知ることに心を注ぎます。その中で、示されたみこころに従って一日を歩み、その恵みを分かち合います。
アパルームは学びだけではありません。温泉旅行をし、そこに未信者の家族を招き一緒に賛美をしたり、交わりをしながら、家族がイエス様を体験することができ、救いに導かれることを目標にしています。 「ガムール」には、昨年10月、私が救いに導き、養育してきた「新人」が一人加わりました。これから、救われた魂が加わって、増殖し、細胞が分裂するように、アパルームが分かれていく寸前まで来ています。
私のこの地上でのいのちはそうたくさん残されているとは思いません。しかし主は、年老いたヨシュアに言われたように、私にも「あなたは年を重ね、老人になったが、まだ占領すべき地がたくさん残っている」と言われるのです。 ラブリ教会は、主がこれから弟子訓練の実を結ばせてくださる段階に来ていると、私は感じています。私は、36年間新聞作りにたずさわって、さまざまな経験をしてきましたが、その36年間でさえ、信仰に導かれ、ラブリ教会の信徒になってからの6年間に比べれば平々凡々な生活であったように思われます。 イエス様は、それほど激しい霊と魂の動きを私に与えてくださったのです。私は、他の教会に行ったことがなく、実情を知らないので比較することはできませんが、ラブリ教会で私が与えられた信仰の体験は、実に動きのあるものです。それは、この教会がキリストの教会として生きている証拠だと私は思います。弟子訓練のラブリ教会に導かれたことをイエス様に感謝しています。 私は今、アパルームの兄弟姉妹に仕えることが喜びであり、イエス様を求めている人と聖書の学びをすることが楽しく、失われた魂を主のみもとに導くことに情熱を燃やしています。私のこの地上でのいのちはそうたくさん残されているとは思いません。しかし主は、年老いたヨシュアに言われたように、私にも「あなたは年を重ね、老人になったが、まだ占領すべき地がたくさん残っている」と言われるのです。
イエス様が御父から与えられた使命に忠実に従って、人間の救いのために十字架につかれたように、私には小牧者として兄弟姉妹と手を取り合って天国を目指し、またサタンの虜になっている魂を光の中に取り戻すために戦う、という使命が残されています。 マラソンランナーは、ゴールで頭にいただく月桂冠と、競技場の観衆の勝利をたたえるどよめきを頭に描きながら、途中の苦しみに耐えて走っている、といわれています。
私もまた、天国の門でいただく栄冠と、大勢の天国の人々の賛美に包まれた自分の姿を思い浮かべながら、そしてなによりも天国のゴールで私を迎え、抱き締めてくださるイエス様を思い浮かべながら、この地上で、私の同労者であり小牧者である妻と手を取って、信仰、魂の救いというマラソンを走り続けたいと思います。
弟子コlス第7期
高橋摂理
私はここで初めて弟子訓練という言葉を耳にしたのです。その当時の私には全く無関係の言葉でしたが、実はこれが私という人間を造り変える大きなものだったのです。
私は現在公立中学校の教師をしています。みなさんもニュースなどでご存知のように現在の中学生は様々な問題を抱えています。家庭環境の問題、少子化やTVゲームによる他人との会話の減少、それによって自分の気持ちを言葉で伝えることができない子供の増加、集団として仲間はずれにされないようにすることだけを考えた行動、そして何より何が正しいことで何が間違ったことであるかを判断できない、いや教えられてこなかった子供の増加がとても目につきます。それは子供たちだけの問題ではありません。親や教師でさえ、いったい何が正しいことなのかを見失い、子供の機嫌ばかりを気にしている姿も珍しいことではありません。そんな社会である現在、クリスチャンである教師の存在、みことばによって歩む教師の存在がどんなに大きなものであるかを私は最近になって気づかされました。 私は摂理という名前からもわかるようにクリスチャンホームに生まれ育ちました。小さい頃から毎週日曜日は教会に行き、礼拝をし、聖書のお話を聞き、祈り、神様の存在やイエス・キリストの十字架など疑うことなく100%信じていました。中学生になるとバプテスマを受け、自分が救われて天国に行くことができるんだということも信じて生活していました。しかし、日常生活において基準はいつも自分でした。全ての行動を自分で考え自分で判断し、世の中の成功を求めながら生活していました。大学卒業後教師となり、口ではクリスチャンとして輝いて生活するぞと言いながら実際の生活は学校第一、日曜日も部活動に明け暮れ、相変わらず世の中での成功を求めて生活していました。 教師となって5年目、私は結婚を機会に仙台ラブリ聖書教会へと導かれました。私はここで初めて弟子訓練という言葉を耳にしたのです。その当時の私には全く無関係の言葉でしたが実はこれが私という人間を造り変える大きなものだったのです。わたしには2歳の娘がいますが私は誰かを助けるために娘の命を捧げるなどということはできません。この神様の行為によって私に与えられた罪からのあがない、永遠の滅びからの救い、そして神様がどれほど私を愛してくれているかを知ったとき、私は自分でも不思議なほどに今までの自分とは違った自分であることに気づきました。 ラブリでの教会生活を始めて1年後私は弟子コースへと導かれました。毎日のディボーション生活、弟子コースでの学びや課題、聖書通読などを通して知らず知らずのうちに神様との交わりが生まれ、今まで頭の中で知識でしかなかったみことばが心で感じる生きた言葉となっていったのです。 その中でもヨハネの福音書3章16節はとても大きなものでした。 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」 神様は私というとても心の汚い罪人を愛し、私を救うためにご自分よりも大切なひとり子をご自分の意志によって十字架につけることを決心されたのです。わたしには2歳の娘がいますが私は誰かを助けるために娘の命を捧げるなどということはできません。それほど大きいのが神様の愛です。それほどまでに私という存在を尊くみておられるのです。 この神様の行為によって私に与えられた罪からのあがない、永遠の滅びからの救い、そして神様がどれほど私を愛してくれているかを知ったとき、私は自分でも不思議なほどに今までの自分とは違った自分であることに気づきました。 今までは自分の人生を自分で決め、自分のしたいようにしてきた私ですが、今ではみことばによって行動を選択し、その結果私の考えをはるかに越えた神様の計画を体験し、それがまた神様を信頼させるものとなっています。
昨年から私は小牧者コースへと導かれています。毎週土曜日の夜、私を含めて8名の男子青年たちと藤本先生の計9名で学んでいます。今の私たちは義務ではなく心からこの神様の愛を誰かに伝えたいと願いともに祈っています。そしてどのようにしたらわかりやすくそして魅力的に伝えることができるのかを学んでいます。 このような中、私は今、横田さんという方との学びの場が与えられ、入門コースの学びを始めています。一課ごと進んでいくにつれ、救われたということの恵みの大きさに感動しています。学びを導くというより、共に学んでいるという感覚が大きいのです。神様がどんなお方かを共に知っていく場にしていきたいと、大きな期待をもって臨んでいるところです。
先生方から『摂理先生の生徒指導ってちょっと違うよね』と言われると『私は聖書を絶対的な基準としていますから堂々と生徒に言えるんですよ』と答えることができるのです。もはや私の力ではありません。 最初に証ししたように私は公立中学校の教師をしています。『公立の学校では宗教的な活動はできない。』これが今までの私の考えでした。というより周りの人の反応を恐れそれをいいわけにして福音を語ることをさけていたのです。しかし神様の考えはそんな小さなものではありませんでした。今の私は授業中のちょっとした雑談の中でも『聖書ってこういうことがかいてあるんだよ』『私はクリスチャンだからこう考える』『神様ってこういう方なんだよ』など気軽に話をすることができます。先生方から『摂理先生の生徒指導ってちょっと違うよね』と言われると『私は聖書を絶対的な基準としていますから堂々と生徒に言えるんですよ』と答えることができるのです。もはや私の力ではありません。というより私という体を聖霊が完全に支配してこの体を利用しているという感覚があります。そして今では福音を語るということが私の喜びとなっています。 私は自分が変るということを全く思ってもいませんでした。弟子コースに導かれたときもただなんとなくという感じでした。しかし、自分でも不思議なほどに日に日に変えられていったのです。そこには妻の祈りがありました。妻は私達が交際を始めた頃から祈り続けていました。そして藤本先生をはじめとする教会の方々の祈りがありました。両親や私を覚えてくれている多くの兄弟姉妹の祈りがありました。そしてイエス様が私のためにとりなしの祈りをしてくれていました。これらの祈りが私を支え、私をここまで変えてくれたのです。 私の変化はここで終わりません。神様は今年も私を変えようと計画されておられます。私はどう変わっていくのかわかりません。しかし、そこには大きな期待があります。「見よ、わたしは新しいことをする。今、それが始まろうとしている。」神様が私たちクリスチャンをキリストの似姿へと変え、この社会において大きな影響を与えようと計画してくださっています。この主の業に心から感謝します。
仙台ラブリ聖書教会 〒 984-0838仙台市若林区上飯田4-20-31 TEL 022-289-4587 FAX 022-289-6562 E-mail labri@slabri.com