しばらく、ブログ更新を怠っていた。私はギックリ腰になってしまったのである。

ある日の朝、金魚の水替えをしていたときのこと。特に、無理な体勢をしていたわけではないのだが、腰のあたりになんともいえない「ゴギグギ」という鈍い音がしたと思ったら、ものすごい激痛が体中を走り、そのまま動けなくなってしまったのである。トイレに行くにも、介助なしではいけない状態になってしまった(介助してくれた屈強な男たち、ありがとう)。

 

私は、自分はトイレにすら行けないくらいに本来は無力なのではないか、ということと、

自分でトイレに行けるくらいの健康が支えられていることを神様に感謝すべきだ、

という悟りに至ったのである。

 

5日ほど寝たきり状態になってしまったわけだが、そんな中でも、F1第5戦トルコGPはしっかり観戦した。スーパーアグリのF1撤退という残念なニュースはあったものの、とにかく、ギックリ腰であれ、F1撤退であれ、それは一つのプロセス

言いたいことは、さらなる結果を目指して、F1は続いていく、ということである・・・つづく。

さて、待ちに待った2008年F1シーズンだが、早くも4戦が終わった。フェラーリの安定した強さはシーズン前からわかっていたことだが、なぜこんなに楽しみだったかというと、時代を築いていく2人のドライバーが私の中で確信となったからである。

 

近代F1で一時代を築いた2人としては、アイルトン・セナとアラン・プロスト、そしてミカ・ハッキネンとミハエル・シューマッハーである。いずれも名勝負を繰り広げ、お互い切磋琢磨して、速くなりそして強くなりチャンピオンになっていった。どちらの時代も、とてもエキサイティングでドラマティックであった。

 

さて、現在進行形の2人・・・ともに2001年にF1にデビューしたのだが、2人とも弱小チームからの参戦で、無名であった。ミカとシューが誰も手の届かないところでバトルをしていた中での静かなデビューであった。フェルナンド・アロンソとキミ・ライコネン。2人ともすでに過去にチャンピオンを獲得し、まさに今、時代を築きつつある。

何が言いたいのかというと、スポーツが盛り上がるために、巨星は2人必要だ、ということである。ますます楽しみな2008F1である・・・つづく。

エキサイティングな1990年のF1シーズンが終わり、翌年の1991年。この年の開幕戦が始まるのをものすごく楽しみにして首を長くして待っていたのを記憶している。

 とにかく、「待ちに待った」のである。

毎日、一日が過ぎるのが、おそかった。大げさだが「一日は千年のよう」であった。

4月9日のブログの写真は、その1991年にデビューしたフィンランド人ドライバー、"フライング・フィン"ことミカ・ハッキネン(19981999年のチャンピオン)のドライブしたマシンである(写真は実物ではなくミニ四駆。ヤフーオークションで買った宝物である)。ちなみに私はハッキネンの大ファンである。彼の走りはゾクゾクするもので、コース幅ぎりぎり、いやコースを越えてでもマシンを速く走らせる豪快さは見ていて本当に気持ちが良かった。しかしながらもう引退しているので、彼の走りを見ることができないのは残念だ(しかしたまにビデオで見る)。

今日は何が言いたいのかというと、その当時と同じような気持ちでこの2008年のF1シーズンを迎えた、ということである。・・・つづく。

ロータス102B01.jpg

F1の魅力は・・・そのスピードであることは間違いない。車のスピードこそ男のロマンであるからだ。しかし、スピードもさることながら、F1の魅力の半分くらいを占めるのが

   「音」(エンジン音)

だと私は思う。 それほど、初めてF1をナマで見たときの衝撃は大きかったのだ。

何が言いたいのかというと、とにかく私はF1が好きだ!」ということである。

ということで、チャーチスクールシューブとは全く関係ない内容のブログが始まった。そこにどんな意味があるのか?と聞かれたら、たぶんある、と答えておきたい。

私にとってF1は生活から切り離すわけにはいかないし、また実際にF1から学ぶことも多いので、やってみたまで。そして、いつの日かシューブの生徒の中から、F1チームのエンジニアになる生徒があらわれ、私をレースに招待してほしいと心の片隅で願っているのであ  る。・・・つづく。