2008年12月アーカイブ

先日、この一年間の復習として、F1総集編(12/15フジ放映)を見た。一戦一戦、その一瞬一瞬の中にある興奮と感動をもう一度確認できた。それにしても、F1はなんとドラマティックであることか。

 

今年のチャンピオンは最終戦の最終ラップで決定した。(詳しくは11月3日のブログ参照。)これは、最後の1ラップ(周)で決定したのではなく、この1ラップのために、それまで積み重ねてきた1周1周があったのである。「あのときの1周が、ああなっていれば結果は違った。」「あと1周あれば勝てた。」は通用しない。あのときの1周がこうなったのである。フリー走行、予選、決勝と、すべての周回が、そしてその中の1ラップに注ぎ込まれた情熱と技術が2008年のF1を盛り上げたと私は確信している。

 

今シーズンは7人ものウィナーを生み出した。表彰台の顔ぶれも意外な組み合わせがあった。新しいヒーローが生まれた。新しい記録も生まれた。初開催の国があり、初めてのナイトレースもあった。数々の感動を与えてくれたスーパーアグリとホンダの日本のチームがF1から撤退した。長年に渡ってF1で活躍してきたデビッド・クルサードが引退した。去就と新旧。F1の世界に飛び込もうとしている若いドライバーがテストしている。新世代の波。新時代の予感。そして、F1は続いていく。アスファルトに刻み込まれたあの1ラップを覚えながら、2009年を迎えよう。・・・つづく。

 

 

今日はとくにネタがない・・・。ボーッとしていたい気分でもある。考えてみると、新聞や雑誌でコラムを担当している人は、よく書くことが続くなぁと思う。時には、編集長たちから「締切近し」みたいなプレッシャーを感じながらやっているのかもしれない。まぁ、その道のプロなわけだから余計な心配だと思うが、連載していることに感心してしまう。

 

このブログの場合、別に編集長がいるわけじゃないし、毎週月曜日にブログを書くという単なる私のスケジュールにすぎないわけで、書かなければならないわけでもない。私の都合によって、「今日は書くのやめとこう」でいいわけである。ということで、今日はこの辺で・・・

 

と思ったら、ニュースが飛び込んできた。トヨタが宮城県大衡村(おおひらむら)に新工場を作るらしく、今日起工式があったとのこと。2年後に完成するようだ。この不況の状況下、トヨタのような大企業の工場が宮城県にやってくるとなると、宮城の景気向上にとってはいいニュースである。しかし、大企業トヨタであっても今年度は赤字になるらしい。・・・と聞くと、また余計な心配が。まさかF1撤退などということはないよな?

 

サブプライムから始まった金融不安に、円高の影響。特に、トヨタのように大量輸出している輸出企業にとって円高は厳しい現実である。トヨタの場合、1円の円高でなんと100億円もの損益が出てしまうらしい。"ひゃくおくえん"である。昨年の今ごろから比べると、確か20円以上もの円高になっている。う~~ん、大丈夫かトヨタ。さらに心配・・・。

 

今年は、スーパーアグリ、そしてホンダまでもがF1撤退となってしまった。そうならないように、また、日本の不景気を吹っ飛ばすべく、みんなでトヨタを応援しようではないか!がんばれ、がんばれ、YOKOTA、じゃなかった、TOYOTA!・・・つづく。

 

 

私はやきそばが大好きである。食べるのはもちろん、作るのも好きである。

 

小さい頃、両親に連れられてよくやきそば屋に行った。熱い鉄板でぶた肉をジュ~、キャベツともやしなどをジュ~、そして濃厚なソースをもったいないほどに「ドプッ」と注ぎ、ジュワワ~、青のりをふりかけて「いただきます」という感じだ。

 

ところで、少し前に注目せざるを得ない記事が新聞に載っていた。ご当地やきそばランキングだ(2008 10/29朝日)。その第一位は、「富士宮やきそば」(静岡県)。その富士宮やきそばは全国B級ご当地グルメが競う「B-1グランプリ」で2年連続優勝しているとのこと。コシのあるめんにコクのあるソース。味の決め手は、肉かすと削り粉だそうだ。「肉かす」は、豚の背脂からラードを取った残りかす。「削り粉」はイワシやサバ節を削ったときに出る粉のことである。

 

とにかく、うまそうである。なんと「富士宮やきそば学会」なるものまである。町おこしのために、他県にはない特徴的なやきそばに注目しプロモーションしているそうだ。ちなみに学会メンバーは「G麺」と呼ばれていて、富士宮やきそばの経済効果は6年間で217億円らしい。恐るべし、富士宮やきそば。これは、なんとかして食べるしかない。しかし、仙台から気軽に行ける距離ではない・・・というわけで、通販で購入し食べることにした。結果、なかなかいける!特徴的な味でうまかった!

 

う~ん、ますます、現地で食べたくなってきた。しかし、やきそばを食べるために、静岡まで行くのはやはり思い切りがいる。何か他に用事がないものか・・・、!。あるではないか!なんと富士宮市はF1日本GPが開催される富士スピードウェイサーキットの近くだ。・・・富士宮やきそばを食べながら、F1を見る・・・まさに至高のひととき。・・・いつかそのときが来ることを夢見つつ・・・つづく。

 

 

本田宗一郎。町工場的バイク屋を世界のHONDA(本田技研工業株式会社)へと発展させた偉大な技術者である。その情熱と技術は、世界最高峰F1においても大いに発揮され、数々の記録を残した。1991年8月に亡くなったが、本田宗一郎氏のレースにかけてきたその意志はその後も社内に十分に受け継がれてきた。

 

1への挑戦は、第一期(19641968)、第二期(19831992)、第三期(20002008)と、3回に分かれる。1965年にメキシコGPで記念すべき1勝目を上げ、2006年のハンガリーGPが最後の優勝であった。出走341回(エンジン供給での参加含む)。内、優勝72回。その中で、今でも史上最速のドライバーと言われているアイルトン・セナ(19945月没)は32勝を上げている。ホンダとセナは、F1界の活性化に大きく貢献し、また日本のF1人気を引き上げた貴重なコンビであると言える。ホンダ+セナに関する記憶を、個人的に3つ上げたい。

 

①思い出深い記録・・・1987年イギリスGP。ホンダ1位~4位独占。(この時期、2チーム計4台にエンジン供給していた。この時、セナ3位。)もう一つ、1988年、ホンダは16戦中15勝と圧倒的な強さ。(この年、セナ初のチャンピオン獲得。)

②思い出深いレース・・・1992年モナコGP。セナとマンセルの歴史的名勝負。ラスト7周の大バトル、セナ(ホンダ)大逆転勝利。

③思い出深い言葉・・・1988年に本田宗一郎氏がセナに語った一言。「来年もナンバー1のエンジンを作るよ。」

 

本田宗一郎氏個人についても少しふれたい。私は、ある本の中で本田氏がこう言っていたのを覚えている。「時間を守ることは何より大切なことだ。」「時間を守ることは相手の命を守ることだ。」「絶対に同条件でもらえないものは時間である。」本田氏の人生哲学の中に「時間」というものが非常に重要な位置を占めていたことが伺える。時間にこだわるからこそ、時間を競うレースに人一倍興味を持ち、情熱を注いだのかもしれない。

 

残念ながらホンダはF1から撤退するが、日本が誇る世界のHONDAとして、今後も魅力的な車(マシン)を作っていってほしいものである。・・・つづく。

 

 

  ※今回分から文字が大きくなり見やすくなりました。

 

 

 

 

HONDA 「F1撤退」

                  残念!

 

先週、自家用車のタイヤを冬用タイヤに交換した。仙台市内は、あまり雪は積もらないので、冬タイヤがその効力を発揮するのはシーズン中数回しかない。私の場合、通勤に使用しているわけではないので、一年中普通のタイヤでもなんとかなりそうだが、安全のために毎冬交換している。

 

タイヤ交換をしながらふと思ったことは、もしこの車がフェラーリだったら、交換の億劫さは、ほとんどないのではないか。いや、むしろ、喜んでやるだろう。もしフェラーリのタイヤを交換するのだったら、わざわざ取りに行ってでも、出張サービスででもやりたい。もしフェラーリだったら・・・、・・・交換の際、当然ながら少し動かすことも必要になってくるから、少し運転することになるだろう。交換後は、ついでにガソリンも入れて来よう。他にオイル、ウォッシャー液などできるだけ点検する。洗車も手洗いで。もちろん室内清掃も。そのまま持ち主の夕食の買い物までして来よう。なにせフェラーリだから、シートに座るだけでもいいが、もし運転でもできれば、相当なワクワク感だろう。いやー考えただけでも、ワクワクだ・・・。いかん、完全に妄想に入っていた・・・。

そんなこんなで、15分くらいのタイヤ交換はあっという前に終わった。

 

ということで、フェラーリに乗っている方へ一言。私に冬タイヤ交換をやらせていただきたい。ぜひ、ぜひに。よろしくお願いします。・・・つづく。